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年長者の幸福感を上から目線で押しつけられても今の若者には響かない

「今の若い子は可哀想だ、なんて不幸なんだろう。自分たちが若かった頃は物がなく不便だったが、今思い返すととても幸せな時代だった。今の若い世代は本当の幸せを知らない。私は何が幸せなのかを教えてあげたい」と、ある70過ぎの男性は語った。

彼が言う「幸せな時代だった」という感覚はなんとなく理解できる。前回の日記で、カメラを題材にフィルム時代とデジタル時代の違いの話をした。フィルム時代は、1枚の写真を撮るのに何かと手間や時間がかかったが、その中に、楽しみやワクワク感、感動といった味わいがあった。デジタル時代になり、それは失われた。

多分、70過ぎの男性が伝えたかったことの本質はカメラの話に通じているのだと思う。不便ではあったが、それはそれで楽しい時代。不便だからこそ、色んな人達と協力しなければならず、そのため、親密な人間関係も築けた。しかし今は、便利さ故、味わいはなくなり、人間関係も希薄になった。だからこそ言ったのだ「今の若い子は、本当の幸せを知らない」と。

彼から見れば私も若者世代だが、私もこの男性と似たようなセリフを言ったことがある。「ポジフィルムで写真撮ったことある? えっないの。そうか、君はあのポジフォルムの良さを知らないのか。いや~~、残念」(やや上から目線)。聞かされている方は、いい迷惑だったと思う。

自分の経験を踏まえて言えば、過去の時代背景からくる幸福は若い世代には伝わらない。教えることは不可能なのだ。デジタルカメラしか使ったことのない世代にフィルムカメラを勧めても嫌がる。なぜ、手間暇やコストをかけてフィルムカメラをやらなくてはいけないのかと。これと同じだ。そこには埋められない溝がある。

時代は逆戻りできない。過去の幸福論も時代とともに置き去りにされる。
20代に70代の体験した幸福を伝えることはできない。20代は20代で新たな幸福を見つけなくてはならない。仮に見つけたとしても、それもまたいつしか次の世代には伝わらない幸福となるのだ。