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知人がヒモになりました

知人がヒモになった。
資産家の娘と一緒になり、働かずに生活している。彼自身も「自分はヒモやっている」と言っているため自覚はあるようだ。ただ、俗に言われるヒモとは一つだけ違う点がある。それは、彼女とは一緒に住んでいないことだ。彼曰く「それをしたら完全にヒモだから」と言う。よくわからないが、ほんの微かなプライドが残っているようだ。彼はぷくぷくに太り、服もだらしないく、まさに怠惰の極みと言える。そんな彼を私は「男の勝ち組」と称賛する。
 
女性が玉の輿に乗るのが勝ち組であるように、逆もまた同じだ。世間からの冷ややかな視線があるだろうが、そんなものは旧世代の価値観によるただの嫉妬だと思い、無視すればいい。時代や世界、政治が男女平等を奨励するならば、本来どっちが稼いできてもいいはずだ。よって、男が玉の輿に乗って何が悪い。
 
なんでも最近、主夫を題材にした漫画「ヒモザイル」が炎上して休載になったと聞く。専業主夫をヒモ呼ばわりするのが失礼というのが主な批判理由らしい。つまり、ヒモザイルを批判する人の価値観は、「主夫>ヒモ」となっている。
 
なん、、、だ、、と。
ヒモザイルを批判したお前ら、正座してヒモに謝れ。逆だ逆「主夫<ヒモ」だわ。
女性だって、主人が稼いできて、自分は外で働かずに生活できるほうがいいと思っている。つまり、どれだけラクして食えていけるかが重要な勝ち組要素だろ。だったら、家事をしている者よりも家事をしない者のほうが勝ち組だろうに。
 
マジで、ヒモ舐めんな。
 
ヒモになるには、バリバリ稼ぐ能力の高い女性か、先のように資産家の女性をものにしなければならない。それがお前らにできるか。女性を夢中にさせるほどの魅力や床上手なのか。マジで、ヒモ舐めんな。
 
ヒモザイルの一件からわかるように、時代は男女平等を重んじ、男女雇用機会均等法がありながらも、いまだに過去の価値観を拭えずにいる。
女性は無職でも「家事手伝い」という言い逃れ的な肩書きがあるにもかかわらず、男性が無職だと「自宅警備員(ニート)」という自虐的な肩書きしかない。
収入に関しての価値観は、悲しいほど男女平等じゃない。もうやめちまえ、男女平等なんて。
 
男性よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ! 男性よ! 
 
とはいえ、おそらく今後も性差からくる価値観は変えられいだろう。変えられないなら、それに応じた男女平等を考えたほうがいいだろう(この話は前回の記事を参照)。