日本を離婚率世界1位にしよう

ここ最近、夫婦別姓の話題が盛んだ。夫婦同姓は「女性差別」だと言われているが、それ以上に女性を虐げているものがある。離婚に関する法律である。

日本は、極端に離婚しにくい国だ。基本、双方のサインがないと離婚できない。離婚しようと思えば、長期に渡る裁判をする羽目になる。なぜそうなったのかは知らないが、この法律のせいで、離婚したくてもできない女性は数多くいる。

私は、被扶養側から離婚を申し立てれば、すぐに離婚できるようにしたほうがいいと考えている。収入がないのに「離婚したい」と言うのだから、よっぽどのことだろう。もし法律を改正すれば、離婚率は鰻登りになるはずだ。世界トップも夢じゃない。
※今、日本の離婚率は3人に一人。離婚率の高さは世界順位26位。

 

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離婚原因第1位が「性格の不一致」

男女ともに離婚理由の第一位が「性格の不一致」。
すごくないだろうか? 恋愛期間というある種の「試乗期間」があったにもかかわらず、「性格が不一致」が離婚理由のトップになるのだ。何のために恋愛していたんだろうか。

そもそも、性格が不一致しているなんて当たり前である。生まれも育ちも違い、ましてや異性だ。性格が一致するわけがない。不一致する性格を、お互いが埋めたり認めたりするのが結婚なのではないだろうか。


実は、恋愛結婚とお見合い結婚では、後者のほうが離婚率は低い。約4分の一になる。一昔前は、結婚当日に結婚相手の顔を見た、なんて話も珍しくなかった。お見合い結婚だと、「性格が一致している」なんてことを、そもそも期待できないため、半ば強制的に性格の不一致を認めざるを得なかったのだろう。幸か不幸か、それが離婚率を下げる一因となっていたかもしれない。

戦後、自由恋愛という恋愛システムが導入されたが、結婚から離婚までを観察すると、完全に失敗したシステムだと言える。多くの人は「自由は人を幸せにする」とお思いだろうが、誤解である。自由恋愛の例のように、自由には、多大なストレスや争いを生む。この事実を忘れてはならない。

 

 

自由恋愛の失敗を顧みれば、姓を選べる自由は愚行の極み

「夫婦別姓を認めて、名字を自由に選べるようにしたい」だって? お願いだから、勘弁してください。夫婦同姓が前提で種々の社会システムが構築されているにもかかわらず、それを根底からひっくり返すというのか。大迷惑である。それに、将来、子どもに姓を選ばせる時、必ず一悶着が起きる。このように「自由」は、どこかで必ず一定のストレスと争いを生む。

夫婦同姓の文化やルール、夫の姓にする慣習は、結婚に関わる余計なストレスや争いから解放してくれている。結婚に限らず、文化やルール、慣習には、そういった機能や役割がある。「そういう決まりだから」「そういう習わしだから」の一言で、余計なことを考えずに済んだ。争わずに済んだ。これは、先祖たちが培ってきた叡智とも言える。何でもかんでも自由にするのは、一見生きやすくしているようで、かえって生きづらくしている。社会に馴染み機能している先祖の叡智よりも、一部の不満や他国の意見に耳を傾けて、叡智を捨てようと言うのか。本当に勘弁してください。

 

 

好きになったら一緒になって、嫌いになったら別れる自由がいいよね

私が夫婦別姓や自由についての不満をいくら書いても、今の世情を察するに、姓を選べる流れになるかもしれない。そうなれば一層、安易に結婚するカップルが増えるだろう。ならば、離婚に関する法律も改正して、簡易に離婚できるようにしてもらいたい。離婚しても姓が変わらないことも手伝って、離婚率は3人に一人から、2人に一人、1.5人に一人となるだろう。そうしたらきっと、世界一位の離婚国にだってなれるはず。これは、不名誉なことではない。「世界で最もパートナーを変える自由のある国」になった証なのだから。離婚率が高まっても誰も悪くない。「性格の不一致」という不慮の事故が多発的に起きたにすぎないのだから。

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結魂論―なぜ人は結婚するのか

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