絵本『100万回生きたねこ』の書評/哲学・宗教

私は、絵本『100万回生きたねこ』が大好きです。初めてこの本を読んだ時の衝撃は、今でもはっきりと覚えている。人生でこれほど衝撃を受けた本に出会ったことがないかもしれません。今回はちょっと趣向を変えて、絵本「100万回生きたねこ」を、私がどのように読み、感じたのかをお話したいと思います。

絵本のタイトルは「100万回生きたねこ」ですが、主役のねこは、絵本の中で一度も「100万回生きた」とは口にしていません。「100万回死んだ」と自慢しているだけです。

ねこは、何度も生まれ変わります。絵本には前世のお話が6回登場しますが、ねこはどの飼い主にもなつかず、必ず最後に「○○なんか きらいでした」という一文が入ります。しかし、100万人の飼い主はねこを可愛がり、ねこが死んだ時は涙を流して埋葬してあげました。でも、ねこは泣きませんでした。

100万回目に生まれ変わった時、ねこは誰のねこでもありませんでした。立派なとらねことして生まれ、沢山のめすねこからモテました。しかし、とらねこはめすねこ達を全く相手にしません。どんなめすねこよりも、自分が大好きだったのです。

そんなある日、一匹の美しい白いねこと出会います。
とらねこは「俺、100万回死んだんだぜ」と自慢するのですが、白いねこは「そう。」と言ったきり、そっけない態度をとります。とらねこは何度も100万回死んだことを自慢げに話しますが、白いねこは「そう。」と言うだけです。

ある日とらねこは自慢することを止め、「そばにいていいかい」と素直な気持ちを伝えます。白いねこは「ええ。」と答えます。白いねこは絵本の中で、「ええ。」と「そう。」としか言いません。とらねこが自慢話をしている時は「そう。」、とらねこが心を開いた時は「ええ。」。

とらねこと白いねこは、やがて子供を産み、育てました。
とらねこは「あいつらも りっぱな のらねこに なったなあ」と、満足して言います。とらねこが“満足”をしたのは、おそらく100万回生きて初めてです。それを聞いた白いねこはグルグルと喉を鳴らします(ねこがグルグルと喉を鳴らすのは、気持ちがいいとき、幸せなとき)。

そんなある日、白いねこが動かなくなります。死んだのです。とらねこは泣きました。100万回泣きました。初めて愛することを知ったとらねこは、愛するものを失う悲しみを知ります。とらねこが“100万回泣いた”のは、白いねこに100万回泣いたのではありません。白いねこと、前世で自分を愛してくれた100万人の飼い主に対して泣いたのです。「愛することを知らなければ、愛されることの意味が分からない」と、教えられているようです。

愛することを知ったとらねこは、前世の飼い主達の気持ちを理解しました。とらねこが泣いた100万回は、後悔の涙だったかもしれませんし、悲しみの涙だったのかもしれません。もしかしたら、感謝の涙だったのかもしれません。とらねこは死ぬ前に、100万人を愛し、100万人の愛を感じ、100万回生きられたのです。そして、もう生まれ変わることはなかったのです。

 

 

もう一つの見方

仏教には、生まれ変わり説(輪廻転生)があります。
この理解は8割合っていて残り2割が誤解です。仏教の最終目的は、悟りを開いて輪廻から解脱することにあります。そもそも仏教は「生きている=苦しみ」と捉えており、輪廻をそこまで好ましい意味では使いません。輪廻は、現世で悟りを開けなかった人間への「やり直し」なのです。

絵本『100万回生きたねこ』では、100万回死んだと自慢するとらねこが美しい白猫を好きになり、一緒に暮らすようになります。とらねこと白猫は、子どもを作り、育てる。その後、白猫が死んでしまう。それを見たとらねこは100万回泣き、後を追うように、とらねこも死んでしまう話です。絵本の最後は、「ねこは 決して 生き返りませんでした。」と締めくくられています。

私はこの話を読んだ時、「これ、解脱の話だよね」と思いました。100万回泣いたのは、白猫の死を100万回泣いたのではなく、輪廻して出会った人たち(100万人)に対して泣いたのです。とらねこは、愛しみを知り、「死んだ」だけと思っていた100万回の人生が「生きた」に変わったのでした。

私が着目したいのは、白猫です。白猫は、如来(悟った者)だったのではないでしょうか。白猫は「そう」と「ええ」しか言いません。とらねこが「100万回死んだんだぜ」と虚栄心をあらわにした時は「そう」、「そばにいてもいいかい」と素直になった時は「ええ」。白猫は、とらねこが解脱できるように導いたのかもしれませんね。

 

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

  • 作者:佐野 洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1977/10/19
  • メディア: 単行本