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流行語大賞に「日本死ね」がノミネートされちゃった問題について

流行語大賞に「日本死ね」がノミネートされちゃった問題。各所で賛否両論があるが、この問題、3つのレイヤーがあり、それぞれ分けて考えたほうがいい。私が思うに、「問題提起」「表現」「ノミネート」の3つのレイヤーがある。

 

1、問題提起
「保育園に入れない、どうなっているんだ」。実際にある社会問題の一つで、提言としては別に問題ない。

 

2、表現
「日本死ね」。表現がまずい。苦言を呈する人が出てくるのは必定。ブログを読めば(文脈が読めれば)、本気で「日本死ね」と言いたい訳ではないのは分かるが、批判されるのは仕方ない。

 

3、ノミネート
「日本死ね」は、社会問題から出た言葉であり、本来、栄誉あるものではない。政治家がヘラヘラして授賞式に出るのはズレている。

 


3つあるレイヤーを一括りにして評論するのは難しい。表現が間違っているから、問題提起に耳を傾けなくていいという態度は違うし、是正のきっかけになったのだからといって表現を評価すべきというのも違う。

 

 


蛇足

 

「保育園落ちた、日本死ね」のブログを初めて読んだとき、私は心情を吐露したブログだと思った。

私もブログを書いているので分かるが、無名の人間が意図的にバズを起こすことはできない。たまたま、鬱憤を晴らすつもりで綴ったブログがバズり、あれよあれよという間に広がり、マスコミに取り上げられ、政治利用され、法整備が進んだ。表現云々と言う人もいるが、一個人が鬱憤を発散するために書いたブログだと考えれば、あんな表現にもなるだろう。筆者自身も、鬱憤ばらしに書いたブログ記事がまさかここまで大事になるとは思っていなかったに違いない。

私が筆者なら、「ここまで大事になるとは知らず、不適切な表現をしてしまい、気分を害された方には、大変申し訳ないことをしました。しかし、保育園に入れなかったのは事実です。待機児童問題は日本の深刻な問題と考えます。これをきっかけに、待機児童問題について考えていただければと思います」的なことを書いたかも知れないかな。