東名あおり運転の石橋和歩被告は、完全なるDQN思考

あおり運転をして、東名高速で家族4人を死傷させた石橋和歩被告。
事の発端は、被告がパーキングエリアの駐車エリアから車がはみ出ていたことを嘉久さんに注意されたことから始まる。注意されたことに腹を立てた石橋被告は、嘉久さん一家が乗るワゴン車を執拗に追いかけ回し、追い越し車線で停車させ、追突事故を引き起こした。

石橋被告は、なぜそこまで執拗に追いかけ回し、因縁をつける必要があったのか? おそらく多くの人は、とち狂った犯罪者の考えなどに関心を持たないとは思う。だが、それは危険なことだと思う。実は、石橋被告と同じ思考回路を持った人は、思いのほか多いからだ。

石橋被告の言動をニュース越しに見ていた私は、学生時代に見てきたDQNたちを思い出した。私が見る限り、石橋被告の言動は、まさにDQNの思考回路そのものである。

私は学生時代から交友関係が広く、優等生、オタク、DQNといったクラスターを行き来していた。付き合っていく中、DQNには独特な行動原理があることに気づいた。一言で言うと、「ナメられる」ということを異常なまでに気にしている。

「あぁ、よく不良ってナメてんじゃねーぞとか言って喧嘩するよね」とドラマや漫画の知識から何となく想像したかと思うが、実はそれは少し間違っている。DQNが一番ナメられたくないと考えているのは、喧嘩相手や敵対しているグループではない。身内(友人・彼女)からなのだ。

私がそのことに気づいたのは、DQNのA君が取った行動がきっかけだった。
ある日私の家に遊びに来ていたA君の携帯電話が鳴った。A君は10秒ほどほうっておいた後、携帯電話を取った。私はA君の取った行動が不思議に思い、電話を切った後に尋ねてみた。「何ですぐに電話に出なかったの?」と。A君はこう答えた。「すぐに出たら暇そうにしていると思われるじゃん」。この回答に私は心底驚いたことを今でも覚えている。そんなことを気にして行動している奴がいるのかと。

A君のような考え方があるという事実を知った時、今まで理解できなかったDQNの行動すべてに合点がいった。「あぁ、彼らは仲間からナメられたくないから、あんな行動をとっていたのか」と。

ほうっておけばいい程度の悪口や因縁に、なぜあそこまで本気で怒ることができるのか。なぜ仲間が止めるまで喧嘩をやめようとしないのか。そう、すべて仲間の目(評価)を気にしてのことだったのです。

石橋被告が事件を起こした日、石橋被告の車には彼女も一緒に乗車していた。DQNにとって一番ナメられたくない相手は自分の“女”だ。彼女の前で注意をされたら、それがたとえどんな正当な注意だったとしても、相手をぎゃふんと言わせなければ自分の名誉が保たれないと考える。何がなんでも名誉挽回に走る。

石橋被告は嘉久さんを執拗に追いかけ回し、因縁を付けた。絡むのをやめるきっかけになったのは、彼女から「子どもがいるから、もうやめて」と言われた時だ。この言葉を聞いて石橋被告は、自分の名誉は保たれたと思ったのだろう。

DQNは誰かが止める前に暴力をやめることは、ある意味負けと(仲間からナメられる)と考える。だから、誰かから止めてもらうまで、やめようとはしない。そういう意味の分からないプライドを持っているのだ。

たぶん、DQNとの接点がないと、私が何を言っているか分からないと思う。本来、分からないほうが幸せなのだから、そのほうがいい。ただ、DQNからの危険を回避するためにも、知っておいて損はないと思う。なので、もう少しDQNの思考回路を噛み砕いて説明したい。

たとえば、どこかの不良に絡まれた際に言い返し(やり返し)に行かないと、仲間から「絡まれたのに言い返しにも行かないのかよ、ビビってんのか。根性ねーなー」と思われる。それが死ねほど嫌だ。仲間から舐められたくない、一目置かれたい。だから、相手を後ろから角棒で殴って失神させる。「おー、やるなー!」と仲間から評価される。嬉しい。分かりやすく言えばこう言う思考回路をしている。

ニュースを見ていると、石橋被告を知る人の証言に「彼女といる時は特に態度が大きく」といったものがあった。これはもう完全なるDQNの思考回路なのだ。カッコよさの定義が常人とは全然違う。

裁判中、石橋被告が遺族に宛てた手紙が読まれた。
「お父さんとお母さんを死なせてしまって申し訳ないと思うけれど、この事故がなければ、彼女と結婚する予定でした。自分が支えていきたいので、この事故のことをお許しください」

この手紙、普通に考えたらふざけた内容である。どういうつもりで書いているんだ!と言いたくなる。弁護士に「遺族はどう思うか?」と問われると、石橋被告は「怒ります」と答えた。怒ると分かっているなら、なぜそんな手紙を書いたんだ、やっぱり頭がおかしいと誰もが思うだろう。

しかし、DQNの思考回路から見ると、この手紙の読み方は変わってくる。この手紙は、彼女に宛てて書いているのだ。「遺族への手紙の中にお前への想いを書いたんだぜ」「それだけ俺はお前のことを考えているんだぜ」と、彼女に自分の男らしさを見せようとしているのだ。救いようがないほど愚かである。だが、それがDQNの思考回路というものなのだ。

この手紙の内容を知った時、私の中でこの事件は一本の線になって繋がった。完全にDQN思考回路がもたらした事件なんだと。

DQNなんてのは、どこの街にもいる存在である。
誰もが一度や二度、マナーの悪いDQNを見ても注意せず無視した経験があるだろう。おそらく、本能的に関わるとロクなことにならないと察知してのことだと思う。正解である。状況によっては、暴力を受ける羽目になる。最悪死に至ることも。

私の勝手な心情分析なので、合っているかどうかは定かではない。ただ、今回の事件のニュースを見るたび私は既視感を覚える。自分の中では、十中八九合っていると思っている。

 

 

 

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