守銭奴、日本人

「一体いつまでこの問題をやっているんだ。税金の無駄遣いだ」

森友問題をはじめ桜を見る会を追及する野党へのヤジとして、ネトウヨが口にする常套句である。このヤジは、2つの意味で間違っている。

一つ目は、国会の審議を伸ばしているのは野党ではなく与党であること。野党が要求している書類や証拠なりをさっさと提出していれば、こんなにも長い時間国会を空転せずに済んでいる。追求した結果、今回の桜を見る会のように嘘や捏造が明るみになる。もし、ネトウヨ の声に従い野党が追及をやめていたらと思うとゾッとする。

二つ目は、法違反の追及の是非を経済で語っている点である。ネトウヨの言うように、汚職問題よりも国会運営コストのほうが高ければ追及しないという理屈が通るなら、百円の商品を万引きした人間は逮捕する必要がなくなる。100円の商品を盗んだか否かを追及する警察の時給のほうが高くつくからだ。少し頭を使って類推を用いればわかることを、大の大人が口にしてしまっている知性が何とも恥ずかしい。

経済で考えてはいけない問題を当たり前のように経済で考える日本人を見ていて、日本人は本当に守銭奴に成り果てたんだなと実感する。

話は変わるが、ネットで月収○○○万円を稼ぐ中学生を取り上げる番組を見た。彼は学校に行かずネットを使ってお金を稼いでいる。彼が学校に行かないのも、お金を稼ぐのも自由だし、何よりまともに学校に行っていなかった私がとやかく言えた義理ではない。私が気になったのは、彼の言動である。「お金を稼げているんだし、学校に行く意味なんかあるの?」。

この言動に、私は多くの日本人が持つ精神を垣間見た気がした。その精神とは、「勉強(学問)=お金儲けの手段」である。学校で勉強するのは学歴を得るため、学歴を得るのは高い収入を得るため。この三段論法で言えば「勉強(学問)=お金儲けのため」になる。学問がお金のためにあるのなら、お金を生まない学問、ひいては基礎研究は無価値になる。

2004年以降、日本の政府は大学への交付金を年1%ずつカット、国立大学では教職員の非正規雇用化を進めた。また、各大学が作成する応募書類を審査して支給/不支給が決定される制度にしたため、大学は補助金申請に膨大な時間と労力を費やすようになった。結果、本業の教育・研究が疎かになり、この10年間、先進国のなかで日本だけ研究論文の総数が減少したのである。

学問の中には、経済で量れないものがたくさんある。いや、言い方が違うな。経済のために存在しているわけではない学問がたくさんある。しかし、経済でしか物事を量れない人間にとってみたら、それらの学問には存在価値はないのだろう。

2014年5月の経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会において、安倍晋三はこう発言した。「学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています」

安倍晋三を支持している人間たちの口から「いつまでやっているんだ。税金の無駄遣いだ」が出るのは必然だろう。

この言葉に潜む守銭奴精神は、きっと日本を衰退させるだろう。いや、もうすでに衰退しているか。

 

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

  • 作者:福澤 諭吉
  • 発売日: 2009/02/09
  • メディア: 新書