フェミニストは、いつだって独善的な上から目線


今回もまたSNSを騒がせているフェミニズム問題。
もう見慣れた景色ではあるが、様々な方が意見を交わしている。

 

特に注目を集めたのが、トイアンナ氏が綴ったnote。


トイアンナ氏は、フェミニストたちが様々な表現物を燃やして回ったり、オタク表現を擁護する女性に対して誹謗を繰り返したり、首尾一貫しない言動を繰り返したりするのを見て、疑問を覚えた。そして今回の騒動を受けて、溜まっていたものを記事にて吐き出している。詳しくは記事を見てほしい。

これに対して、案の定フェミニストからは「名誉男性」などといった誹謗中傷が行われている。
※名誉男性とは、男になびいた態度を取る女性への蔑称として使われる。原義では「男性社会の中で特権的な地位を得た女性」を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは今に始まったことではない。過去にもフェミニズムのあり方に疑義を唱えた女性たちは皆こうして糾弾されてきたのだ。

 

参考:未成年の女性に誹謗中傷を浴びせるフェミニストら
(オタク表現を擁護したはるかぜちゃん。彼女に寄せられた数々の誹謗中傷をご覧あれ)

参考:フリー素材が“巨乳”で炎上した茜さやが語る“胸のこと”“グラビア業界のこと”“炎上騒動のこと”
(フェミニストを名乗る人たちから「手術で胸を小さくすることもできるのに、そうしないのは性を売りにしている」などと誹謗中傷される)

 

参考:宇崎ちゃん騒動から続く、巨乳バッシングについて思う事
(献血ポスターで使われたキャラ宇崎ちゃんの胸が異常だと批判を集めた献血ポスター。そのキャラと同じ体型だと告白し、写真を載せた女性に対して、「乳房縮小手術をすればいい」「童顔巨乳描写は障害描写であり、ヘイト」「知的障害を連想」といった誹謗中傷が寄せられた)

 

もちろん、こんな頭の悪い人たちばかりではない。ちゃんとした反対意見を表明する人たちもいる。だが、私が見るからに、結局は「お気持ち」でしか批判していない。「自分たちの感覚が正しく、それに準じていないものはすべからく間違っている。排除すべきである」と言っているのだ。こうした独善的な上から目線は、フェミニストの特徴とも言える。

 

 

私たちの感覚が正常、他は異常と考えるフェミニスト

今回騒動の発端となった国分寺青年会議所(JC)の公開討論会のチラシを議題にして意見を述べよう。

批判している大半の意見としては、「公的なチラシにも関わらず、告知内容とは関係ない女性の写真だからNG」と言っている。

なぜ関係ないとダメなのか?と問いたい。
もちろん、このチラシが素晴らしいとは言うつもりはない。80年代から飛び出したかのようなノスタルジーを感じるような時代錯誤なチラシだと思う。一周回って芸術なのもしれないとさえ思った。加えて、女性を使う意図もよくわからない。

だが、だからといって封殺、排除していいのか?

個人的に不快と言うならいい。だが、辞めさせるには、それ相応の理由や理論武装がいる。「不快」と「撤去させる」には大きな壁があり、そう簡単に飛び越えられるものではない。一つの表現物を軽々に殺していいとは私は思わない。

だがフェミニストらは、生まれ持った才能か、日々の努力の賜物かは知らないが、いとも簡単にその壁を飛び越えてくる。こんなもの朝飯前だと言わんばかりに。

これには毎度驚かされる。驚いているのは私だけではないだろう。だから口々に、「ダメな基準は?」「ダメである根拠は?」と聞くのだ。これは、「あんな大きな壁、どうしてそんなに簡単に飛び越えられるんですか? 私にはできません。教えてください」と聞いているのだ。

だが返ってくる答えは、「常識的に」「マナー的に」「環境型セクハラだから」といった曖昧な返答だ。換言すれば、「えっ、こんなの簡単じゃん。ふつーだよ、ふつー」。

で、自分らが感じる「普通」が分からなければ、人としていかがなものかと思う、と言うのである。

これらを見て、「あぁ、フェミニストは自分らの感覚を信じて疑わない。だからこそ、表現物をひとつ殺すことに躊躇がないんだな」と私は思い至った。まるで夏虫を殺すかのように気に入らない表現物を潰しに来る。嫌悪から殺すまでの距離が限りなく近いのだ。

 

画像は適材適所で使わないと生きない。

で、何が適材適所なのかをどうしてあなたが決めるのか?
仮に、適材適所でなかったとしても、それをするのもしないも自由だ。あなたの価値観を押し付けないでほしい。

 

それが表現を尊重し守るということだと思う

詭弁でしかない。要は、自分らの心地よいもの、めがねにかなったものが基準になっているのだ。

実際、フェミニストが殺しに行った、殺してきた表現物はどれほどあるのか? 枚挙にいとまがない。一方、反フェミがフェミニストの表現物を殺しに行ったことがあっただろうか? どちらが表現を尊重し、守っているかは自明である。

フェミニストが叫べば叫ぶほど、表現にルールを引かなくてはいけなくなる。表現を殺すのは果たしてどちらなのか。

ちなみに私は、あのチラシを「性的」とは微塵も思わなかった。「性的だ」という意見を見て、「えっ、これ性的なの。女性を使っているから、ちょっと足が出ているから性的に見えるのかな?」といった所感である。勝手に性的などと決めてほしくない。

 
ところで、大野氏は以下のポスターについて言いたいことはないだろうか?
環境型セクハラと騒いだ太田弁護士らが映る特定秘密保護法案反対のポスターだ。公共性も高く、非常にナイーブなテーマでもある。

女性が大々的に写り、肌を見せている。この写真、特定秘密保護法案反対とどう関係があるのだろうか? これは、大野氏の言う「適材適所」ではないと見えるが……。これでは、表現を守ることにはならないのでは?

大野氏ならきっと何かしらの声を上げていることだろうと思う。もしかして、見て見ぬ振りだろうか? もし意見表明しているのであれば、私の調べ不足であり、申し訳ない。

 

 

独善的だから上から目線になれる

フェミニストは自分らの感覚こそがまともで常識的だと考えている。その独善性が以下の言葉に表れている。

何を言っているのだろうか?
説明すべきは、批判をしている側にある。なぜダメなのか、その基準を説明すべきなのだが、それを避け、批判者へ再批判する者に説明すべきだと言うのだ。これは、「あなたたちの感覚が常軌を逸脱しているのだから説明しろ」の意と私は受け止めた。

生きる権利が誰にでもあるように、表現する権利もまた誰にでもある。大野左紀子氏言っていることはこうだ。「あなたはなぜ生きていいと思ったのですか? その理由をまずはお示しになるのが筋かと」。こう言い換えれば、いかにおかしな言葉を発しているのかが分かるだろうか。

だが、先の発言を見てある種の納得感を得た。フェミニストらは、こうした独善性があるからこそ、迷いなく表現物の糾弾ができるのだろう。この独善性が私は心底気持ち悪い。

※大野氏について長く言及したが、これはTwitter上での発言が多かったため色々意見できたからである。誹謗中傷するようなフェミニストとは違い、言葉に品があり、多少なりとも批判者への理解を示そうとしていたことだけは添えておきたい。こちら、品のない言葉でゴメンさい。育ちが悪いので。

こちらは私の寄せられた意見だ。独善性がいい塩梅に効いている。

それって、あなたの感想ですよね。としか言えないコメントである。伝わってしまうからダメって言うけど、私には伝わりませんでしたけどね。「私がこう感じたからダメ」って、あなた神様ですか? まぁ、自分が感じたことが事実になるのでしょうね、フェミニストの頭は。こんな感じで。

「感想=事実」。いっぱいちゅごい。
これだけの独善性があれば、なんの迷いもなく、白いものも黒と言えるだろう。


もう一つ、独善的な態度が如実に現れている動画がある。「お母さん食堂」を企画したコンビニへ反対運動を起こした人の発言だ。これがまた常軌を逸していた。

反対運動を起こす理由として、「市場の原理で淘汰されるのは残酷だから、私たちが教えてあげている」(大意)と言ったのである。どんだけ上から目線なんだよ。この言葉を聞いて、本当に吐き気を覚えた。微塵も迷いのない正義感、自分こそが善だと信じて疑わない考えが、こんなにも気持ち悪いものなんだと初めて知った。

 

youtu.be

 
私が表現物を軽々に糾弾するなと言うのは、絶対的な正義も善も分からないからだ。本当にわからない。時代によっても変わるし、世代によっても変わる。個人差だってある。だから、「これが常識」「これが普通」と声を上げて表現物を攻撃なんてできやしない。それをナチュラルにいとも簡単にするのが、本当に私は信じられないのだ。

私は、今回のJCのチラシを擁護しているのではない。表現物を殺すことにもっと慎重になれ、と言いたいのである。 

 

 

誹謗中傷をするフェミ友を見て見ぬ振りをする正義マン

先程、反フェミをする女性を「名誉男性」と侮蔑しているフェミニストを一部紹介した。まともなフェミニストなら、これらの発言を諌めるはずだ。フェミニストの品位やイメージが悪くなるからである。

しかし驚くなかれ。それを諌めるフェミニストがほぼ皆無なのである。
「TPOをわきまえれば問題ない」「企業ならケースバイケースでOK」などと上品なことを言うフェミニストらも、実際に企業の広告物や過激派な人たちを見て見ぬ振りを決め込んでいる。腹の中では「いいぞ、もっとやれ」と思っているのかもしれない。

ひろゆきの言うとおりである。実際ひろゆきも過激フェミによる誹謗中傷を受けたが、それを諌めるフェミニストはほぼいなかったと言う。反フェミの男性はもちろんそれを批判するが、もし戒める人が女性なら「名誉男性」と蔑むのだ。

何が「TPO」だ。まずは自らの集団のTPOをわきまえるようにしてからその言葉を口にしろ。一人一派などと言って逃げるなよ。

自浄作用もない集団が、TPOだの常識だの普通だの、社会規範を語るとは、いやはや。

実際に、トイアンナさんを「名誉男性」と罵っている人らを戒めているフェミニストがいるかどうか、見てくるといい。どういう態度を決め込んでいるのかがよく分かるはずだ。 

 
最後に。
フェミニストは気づいていないだろうが、気に入らない表現物を燃やそうとする考え方は、焚書と地続きだ。行き着く先は、思想の弾圧でしかない。恐ろしいのは、それに無自覚であり、権力者ではない市民から始まっていることだ。炎上によって表現物(思想)を燃やしている。

 

 

 

 さいなら。

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