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子供の貧困化を喜ぶ人たち

「構造的差別」という言葉がある。
一例として、沖縄の軍事問題の際に使われている言葉だ。国防を強めようとすると必然的(地政学上)に沖縄に基地を作るようになり、沖縄県民に無理を強いる形になる。これはれっきとした差別だが、差別知識からくる差別ではない。構造が差別的なのである。そのため、沖縄に差別をしいているという自覚を国民のほとんどは持ち合わせていない。

今回は「構造的差別」を話したい訳ではない。これに似た構造になっている貧困について、私なりの“邪推”を紹介したい。

 

 

「構造的貧困」で益を得る人たちがいる

「構造的貧困」とは、「貧困層の子どもは貧困に陥る」といった貧困連鎖の構造を指している。では、なぜ連鎖するのか。それは教育機会の不均等に根幹がある。

いい教育を受けるには、それなりのお金が必要になるのは周知の通りだ。お金がなければ私立に入学できないし、塾にも通えない。教育機会の観点から見て、この不均等は大いに問題である。しかも、日本は学歴社会だ。単純に勉強する機会が減るだけではなく、就職にも影響を及ぼす。そのため低所得化してしまい、容易には貧困層から抜け出せなくなる。これが「構造的貧困」の全体像だ。

この問題は政治の力で何とかするしかない、と思うかもしれない。そのように訴える人は大勢いる。だが私は、そもそも政治家は、実のところ教育機会を均等にしたくない、と考えているのではないかと邪推している。

理由は、「教育にお金がかかる」という構造は、権力者の立場から見れば都合がよいからだ。つまり、お金が高学歴への参入障壁となっているため、貧困層から生まれる優秀な人間を自分の手を汚さずことなく自動的に蹴落とすことができる。もし、教育機会がお金に関係なく均等化すれば、自分たち(正確には、自分らの子どもたち)の席が奪われかねない。

真にこのことに気づいている権力者が、どれほどいるのか不明だが、少なからず、「構造的貧困」の利益にあやかっているのは事実だ。よって、政治家や官僚は、教育機会の均等化を本気で是正するつもりはないと私は考えているし、もし仮に、まかりまちがって是正を始めても、途中で自分たちの首を絞めることに気づくだろう。

今後も建前上は、「貧困問題を解決する」「教育機会を均等に」と訴えるだろうが、期待しないほうがいい。とりわけ、教育の均等化は絶対に手を付けてこないだろう。それを象徴する政策が「子供の未来応援基金」だ。子どもの貧困対策に取り組む活動を支援するために政府が官民で発足させた基金だが、形だけで終わっている。

昨年、子どもの貧困対策として2億円を投じ、今年の5月までに1億6千万の基金が集まったという。赤字である。2億円をそのまま寄付したほうがマシだ。というか、そもそも基金でどうにかしようとしている時点で間違っている。つまり日本の政治家は、海外にはお金(血税)をばらまくが、子どもの貧困、ひいては教育機会の均等化に対してお金を使う気はないのである。

http://mainichi.jp/articles/20160511/ddm/005/010/081000c

 

「1年の計は作物を植え、10年の計は樹木を植え、100 年の計は人心を育てよ」といった諺は、一度は聞いたことがあるだろう。国家を繁栄させるには教育が不可欠であることは、誰もが知っている帝王学だ。これすらおろそかにしているのは、なぜか。

私はその一つの答えとして「権力者の既得権益が侵されるから」を挙げた。これが絶対に正しいと言うつもりはない。これを機に、この記事を読んでいる人も自分なりに考えてみよう。

 

PS

私は民間企業の学校が台頭してくるのではないか、というか、それしか是正策が無いと考えている。



 

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