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ホントアレだなあ。ここネットよ。

「ホントアレだなあ。ここネットよ。」
この言葉は、つい3日前の私のブログに付いたコメントの一部だ。

身内を侮辱する発言をしたため、コメントしないようにお願いしたら、この言葉が返ってきた(この人は、その後のしつこくコメントしてきた)。

このコメントの意味を「ネットは自由に発言できる場だよ」と私は捉えた。確かに、ネットは開かれた世界だ。誰でも自由に発言ができます(もちろん礼節は必要だ)。こういった批判的なコメントが嫌で、コメント欄を閉鎖している人もいるが、私はオープンにしている。その理由の一つは、馬鹿な発言をする輩を公の場に晒すためだ。

それともう一つ、ネットには特徴がある。それは、発言が残るという点だ。昨夜、私のFacebook投稿に、私を馬鹿にするコメントを残す人がいた。私は相手にするに値しないと判断し、「もうコメントしなくていいですよ」と伝えたところ、ブログのときと同じように、私の身内を侮辱してきた。彼は不味いと思ったのか、その直後、私の投稿に付けていた過去のコメントすべてを削除してしまった。



スクショ、撮ってあるよ。


これがネットだ。


偶然だが、ブログにコメントした人と、Facebookにコメントした人が同じような思考回路をしており、3つの共通点があった。①執拗にコメントをする ②私を馬鹿する ③身内を侮辱する

あっ、ほかにも共通点があった。両名とも私のことを「物書き」と呼称し、最後の侮蔑発言をした文末に「では。」と付けていた。こんな偶然もあるんだな。

話は戻るが、私はブログもFacebookもオープンにしている。加えて、実名・顔出しです。これは、私自身の言論へ対する矜持の表明でもある。匿名や偽名で絡んできたり、後から発言を消すような輩とは、覚悟と格が違うのだ。

スクショを晒そうかとも考えたが、本人が消しているため、その意思を尊重して公開は避けておこう。だが、次やってきたらためらいな晒す。

もし、ブログにコメントを残した者と、Facebookにコメントを残した者が同一人物で、このブログを見ているのであれば、最後にこの言葉を贈りたい。

 

「ホントアレだなあ。ここネットよ。」

 

 

追記

ブログにコメントした人が「晒せ」といただいたので晒しておきます。どのみち、彼はFacebookアカウントの情報や画像も消しているので、特定はできないと思いますし、まぁ、名誉を傷つけることはないでしょう。

 

 ブログのコメント

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Facebookのコメント

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