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美味しんぼの鼻血描写を見て「根拠のないデマ」と言うのは、頭が良いようで悪い

社会

4月28日発売の小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」に掲載された「美味しんぼ」が取り沙汰されている。
作中では、主人公が鼻血を出すシーンがあり、鼻血の主因は放射能にあると描写した。ネットでは「風評被害を助長している」と批判する人と「表現の自由の範囲」と擁護する人に分かれている。

本件について、私は批判派でも、擁護派でもない。
この件で一番の問題は「風評被害だ!」とネットで批判した人たちが、作品を知らない人たちにまで情報を拡散したことにある。風評被害をなくしたいのか広めたいのか、よくわからない。かくいう私もTwitterで本件を知った。

上記の意見をTwitterで述べたところ、「デマを放置するのか」という指摘をいただいた。だが、デマを放置したくなければ、出版社になり訴えればいい話であり、Twitterなどで拡散することがデマの根絶になるとは思えない。むしろ、風評被害を拡大している。私が目にしたツイートには、問題のシーンに鼻血を描き足したものまであった。完全に祭状態である。話題になればこういう輩が必ず出てくるものだ。

 

 

危険に科学的根拠なんていらない

主な批判的な意見に「根拠のないデマ」がある。
この意見には、二つの間違いがある。

まず一つ目の間違いは、「根拠があれば提示されるはず」と思い込んでいる点である。
国も電力会社も「絶対に安全」と謳い原発を建ててきた。だが、結果は知っての通りである。また、事故後、安全基準値を従来の80倍に引き上げた。これは世界でも類を見ない高い基準だ。これだけ基準値が高ければ、たとえ、福島県民の癌発生率が増えようが、「放射能が原因ではない」と言える。国は、人命よりも財源を優先したのだ。そんな彼らの言う「放射能による健康被害はない、安全だ。科学的根拠は無い」を信じるのだろうか。根拠があれば提示されるはずだ、と信じているのは、頭にお花が咲いているとしか思えない。それに、根拠が提示されてからでは遅いのだ。危険の根拠がないから安全、という論理では、命が危うい。それは、傍観者の論理である。
福島には、“根拠のない不安”を抱えて生活している人がいる。他県に移住した人もいる。移住した人に、「危険という根拠がないのに移住するなんて馬鹿げている」とでも言うのだろうか。ここが二つ目の間違いに繋がる。

二つ目の間違いは、「危険の根拠がなければ安全」と思っている点である。
安全と言われていたものが実は危険だったという話は過去に何度もある。今回の原発もそうだが、食品添加物も分かりやすい例だろう。本やテレビなどで添加物の危険性を知り、安心が薄れた経験は多くの人がしているだろう。今でこそ、添加物の危険性を多くの人が知るようになったが、10年前はそこまで関心は高くなかった。しかし、中には「添加物って、不自然で身体に悪そう」と思う人もおり、自然食にこだわった食生活をしている人もいた。この感覚は正しい。
「売られているから安全」「危険だったら売られないはず」という科学的・理論的な思考と「根拠は無いけど、なんだか危なそう」という直感的・感覚的な思考。未知な物質に出合った際、後者の感覚を持つのは健全だ。むしろ、科学や理論などで安全かどうかを判断するのは、理性が発達し過ぎた弊害ではないだろうか。揶揄して言えば、そんなものはただの頭でっかちである。
ちなみに私は、論理や直感をその場に応じて切り替えられる人が、本当の意味で頭が良いと思っている。

原発事故による放射能汚染は、未知との遭遇である。「もしかしたら危険かもしれない」という感覚で動くのは、極めて正しい判断である。少なからず、頭で考える人よりは、生存確率は高まるだろう。

今回の「美味しんぼ」も、鼻血と放射能は関連性があるのではないかという強い皮膚感覚を元に描いたのだろう。その感覚を私は否定できない。そして、それを伝えようとした表現者としての作者もまた否定できない。


ここまで書くと、擁護派に見えるかもしれない。だが私は、冒頭に描いたように批判派でも擁護派でもない。擁護しきれないのは、過剰な表現が少なからずあり、それにより、風評被害をもたらした事実は否めない。ただ、先に述べたように、批判の仕方は賛同できない。風評被害を広げたにすぎないからだ。

蛇足だが、仮に美味しんぼの放射能の下りが事実無根だったとしても、専門外の人間による表現ミスや調査不足でしかない。だとしたら、注意を促すとかでいいのではないだろうか。美味しんぼを日頃読んでない人まで乗っかって、寄ってたかって批判するこの風土のほうに私は異常性を感じる。ミス一つ許されないのだろうか?

 

まとめ

まとまりのない話をしてしまったが、言いたかったことは、「批判するにしても批判の仕方が上手くない」と「作者が一方的に悪いとも言えない」の二点である。
表現って難しいね。

 

 

追記

福島の子供たちが鼻血が出ると訴えているって話を、2年前の国会で質疑してる動画があった。貼っておく。



 

もう一つあった。



専門家も、微量の放射線で鼻血が出ることを述べている。
西尾正道北海道がんセンター名誉院長曰く

基本的には放射線の影響は被ばくした面積や体積によって異なります。セシウムの微粒子(実際には光子ですが)は呼吸と経口により、口腔粘膜・鼻腔粘膜・咽頭粘膜の他に気管粘膜や食道粘膜にも影響を与えますが、粘膜の粘液に付着してとどまるため、こうした広範な被ばくの場合は低線量でも症状が出ても不思議ではありません。


その一つの症状として、粘膜の易刺激性が高まりのどの痛みとか鼻血があります。
鼻血は出血点がはっきりしないタイプでにじみ出るような出血のタイプとなります。こうした被ばくでは特に一過性に放射線が突き抜けるだけでなく、粘膜に付着するため、比較的影響が強くなると考えられます。
鼻血は低い線量でも広範な粘膜が被ばくした場合は出ても不思議ではありません。放射線治療をしていない先生には全くこの感覚は分からないでしょう。線量だけではないのです。被ばくした範囲が大きく関与します。


私は放射線の影響だと答えています。子どもの場合は鼻腔内のキーゼルバッハという場所でよく鼻血がでる場所がありますので、鼻腔の何処から出ているのかを診察すけばわかることがあります。御用学者は鼻腔を診察したことがないでしょうし診察もできないので、一般論の線量だけでしかものが言えないのです。

 引用元:鼻血と放射能の関係:人生二毛作の田舎暮らし:So-netブログ

 

以上。